歴女倶楽部&コッ地会 合同部室

メンバー少ないし( ̄∀ ̄)
合同でいいや←私が面倒なだけ
なんだかんだ、どっちにも妄想竹が繁茂してるし(爆)

まだ読んでないけど買って来ちゃった
「応仁の乱」。
ちょうど興味が高まって来たとこで出たから気になってたのです。室町カオスあっての戦国期、やはり遡らねば〜ってのが歴女の習性…。

11日に地方局制作の防災番組で、名古屋の都市部にある未確認の活断層についての調査が進んで来たと紹介されてました。以前は地形からの推測でしたが…都市部だからこそ、ビルや様々な工事の時の地盤調査のデータがあり、かき集めて地図に落とし込んでいくと、確かに地層のズレがある可能性の高いラインが出てきたとの話。やっぱりか〜〜!
返信 161-200/492件最新の投稿へ
宇宙の星々と同じように、足元の地層にも気の遠くなる時間の流れがあるって改めて気づくとやはりおもしろいですね。
結晶とか、自然界の造形は理にかなって非の打ち所がないほど美しいです。
ヒマラヤの塩で思い出したけれど、アルペンザルツもドイツアルプスの岩塩だし、今の高山は昔は海で隆起してというの多いのかな。
岩塩といえばあるアスリート曰く、海塩に比べて筋肉を固くしないらしい。しなかやかな筋肉が欲しいアスリートは岩塩を意識してとるとか。
わたしはアスリートではないので、ステーキには岩塩が合うのはそれでかなどとケシカラン事考えてました。
海のモノには海の塩、
山のモノには山の塩が、基本的には合うんだそうですよ。硬くしないって事は、ミネラル量のバランスとかもあるのかも?
その辺の石ころにも悠久の歴史アリ…ファンデーションには奥三河の鉱物が使用されてるんですよ〜。
ぽちくろさん
ほんとだ~、今チロンと検索したら奥三河東栄町のセリサイト(絹雲母)だって、知らなかった~!
日本で唯一、世界有数の品質、すごいなぁ(°O°)!
じゃあ、この東栄町産のセリサイトでできたファンデーションを広島熊野の化粧筆でつけたら最高ということになりますな。
小倉~新大阪の新幹線をよく利用しておりまして時々熊野の化粧筆ケースを車内ワゴンで見かけます。一体なんぼやろ?と思いつつも殆ど化粧しないのでいつもスルーしてしまいますが。
知恵泉「今川義元」、来週後編だそうです。今週は今川家当主になり領国経営にのりだしたところまででした。
いや本当に「応仁の乱」読んどくと、義元の手腕とその理由や意味が推測できてくるから、より納得できますわ〜。

信長はやっぱりぶっ飛び過ぎなんだな。だから人気があるんだけど。
ながきねずさん
熊野筆って、なでしこジャパンのメンバーに副賞として贈られたんでしたっけ。名前は知ってたけど、広島でなく和歌山か三重の熊野だと思ってたバカチンはわたしです。

ぽちくろさん
さっき録画の今川義元前半を見終えました。桶狭間で負けた人としか知らなかったので、いろいろと新鮮で、
あの三条の方(脳内で紺野美沙子に変換)が武田家に嫁いだのは、今川義元の人脈&作戦だった、というのがトリビア的にへぇ~×20でした。
今川家は将軍家に次ぐ家格なんで、京都でも最高の人脈が築けたはずです。しかも建仁寺にいたならなおのことですよね。
それに嫁を押し込んで置いたら、その子の家督相続に口出しできるってことも。現に信玄の長男の嫁は今川家の娘で、それが元で今川びいきになったから、関係が悪くなったら結局廃嫡されちゃったけどさ。
ぽちくろさん
なるほどなるほど~。
今川と足利は親戚というか今川は足利の分家筋にあるんでしたか。将軍から頂いた御字が「義」だった一因でもあった訳ですね。
家格をフルに活用しながら人脈と教養と社交を身に付ける、自他を問わず姻戚を結ぶ事で自分に有利な保険を掛けていく。
領民を法で治める、先駆けて目安箱を設置する、領主領民どちらもWinWinな裁定をしたりと、
番組に出演していた漫画家さんが表現した通り、今川義元こそが戦国大名らしい大名だ、ですね。
信長は規格外。
法でおさめるとか、領民の声を取り入れるとかは、父親経由で北条早雲のやり方も参考にしたかもですね。
後、豪腕政治家なのは、お母さんの寿桂尼ですね〜。公家の出だし、三条の方の輿入れにもかなり働いたようだし。
名門の血筋にコネも申し分なし、建仁寺で最新の学問と教養、外交力を身につけて、都での幕府首脳たちが繰り広げる権謀術数を、政治とは関係ない僧として見てきた、それが義元ですよ。公家かぶれの軟弱傲慢な武将じゃ決してないハズなんですよねー。
ぽちくろさん
いろいろご教示がありがたく。
母の寿桂尼は夫・息子・孫3代に渡って、第一線で今川家を仕切っていた女傑と知りました。
公家の深窓の令嬢という出自ながら、どこでそのような政治的手腕が育まれたのか、持って生まれた才能か。

義元は幼少期から京へ上がり出自の確かな僧として、
誰にも怪しまれず疎まれずに第一級の文化サロン建仁寺で学べたのは、結果論的に領主の器を育てるのには最善の道だったと言う事ですね。
いくら環境が申し分なくても、学ぶ器量のない人もいるから、やはり義元は才気あふれる人物だったんだろうな。

同母兄の長男次男は同日に亡くなったらしいですが、敢えて義元を僧として家督争いから遠ざけながらも、万が一に備え領主教育も視野にいれ京へ送り保険にしていたとしたら、母たる寿桂尼の辣腕たる恐るべし。
後半が楽しみです。
太原雪斎という教育係も無視できないですねぇ。義元のプロデューサーみたいなもんですからね。

寿桂尼は名家の令嬢ですけど、一流の教養と都での政治を見てるし…公家でも経済的には苦しいから、地方領主や有力な大名に嫁がせて、資金援助してもらう構図はよくあったようだし、領国経営の話とか、どんな知識を持つと重宝されるかとか、聞いていたかもですね。一流の家の娘だからこそ得た知識と教養を、実際に活用できた例なのかな。

特に、夫もかつて跡目相続で揉めて、危うい目に遭って来てるから、その話も聞いていたでしょうしね。
兄弟を僧にするのは、将軍家もそうしてますよね。でも当時そこそこの家には、まず学識者や交渉人としての僧がついているものだから、優れた僧の太原雪斎に教育されたということは、義元が実は一番政治手腕を持ってる事は、寿桂尼には自明のことだったでしょうね。
もし桶狭間まで太原雪斎が生きていたら…、歴史にタラレバはないにしても。

日本史の問題で合戦の図が出てくる設問、たいてい桶狭間か長篠でした。今は、桶狭間に至る今川義元の事を知る事ができて楽しい。
恥ずかしながら寿桂尼を初めて知ったし、こういう出自の高さに甘えない女傑タイプが好きなんです。しかし諱が残っていないのは残念。
桶狭間や長篠はテストに出ても、寿桂尼は出ないですよね、おそらく(^^;;

駿河や遠州は、温暖で豊かな土地柄だし、今川の家格からして一流の文化人かが逗留するでしょうし、学問も盛んでしょうし…寿桂尼にしてみたら、京都にいるよりずっとのびのびと暮らせて、旦那も自分を大事にしてくれる(義元は五男だもんね)、駿河を本当に大切に思ったでしょうね。視野が広がって才能が開花し、しかもそれを発揮できる地位も場所もある。才能が世に知られたきっかけは身内の不幸だけど、腹を据えた切れ者お母ちゃんの豪腕ぶりが物凄かったわけですよね〜。豪腕婆さんと、辣腕お父ちゃんがいちゃ、孫はイマイチ鍛え不足になりがちなのもむべなるかな…。
温暖な気候は特に女性には影響大かもしれません。
駿河や遠州は太陽が近くて明るいし、風光明媚だし。京に比べたら鄙な場所とはいえ、変わらぬ水準の文化があり開放的な気分にもなっただろうし。

どういう経緯で氏真と婚姻したのかわかりませんが、夫との間に愛はある、領主の妻どころか代行するくらいの手腕に加え、息子たちの教育はぬかりなくスゴイ。
孫にまではその神通力は及ばなかったのは無念ですが、公家の娘として領主の妻として嫡子の母としては苦労したとはいえ本望を遂げてます、あっぱれ。

そういえばはるか昔の受験生時代、関西の某有名?私立大の日本史(教科書外の問題が出るので有名だった)で空海の母の名を問う問題が出たそうで、受験後「誰?」と盛り上がったそうです。
今なら寿桂尼の名を問われたら答えられるのになぁ(笑)。
訂正します!調べなおしたら、義元は寿桂尼の三男でした…間に側室の子が2人くらいいるのね、その1人が家督を争った玄広恵探でしたね。
それでも寿桂尼の子は四人いるはずですんで、夫の氏親と仲が良かった事は確かでしょうね。

寿桂尼のお父ちゃんを調べてみたら、応仁の乱で幕府が混乱し、その影響で朝廷もグダグダになってしまったのを立て直すために動いてた当代一流の学識者なんですって。そりゃ頭脳明晰、才気煥発な娘がいても不思議じゃない。そんなんが広い明るい駿河に解放された日にゃ〜そりゃ豪腕になるよ〜〜(^^;;

空海のお母さんて…難問ですねぇ(^^;;
そこ?そこに来るの?みたいな…まだ空海の幼名の方がマシかも?
佐伯氏って国造なんだ…
東国からきた俘囚も佐伯氏を名乗ることがあったらしいですが(うろ覚え…)、空海の出た佐伯氏は渡来系とも?中国語の学問の素地があったのかもなぁ。
寿桂尼が才女たる由縁は父が公家の学識者かぁ、いい嫁をめとった果報者よね、氏真は。

級友たちも同じ事を言ってました、空海の幼名ならわかったのにと。
空海の母の阿刀氏の領地は主に大阪~京都にあったようで、もとをたどれば物部氏につながるといいますが、
エリート中のエリートの最澄と違って、どさくさに紛れて遣唐使になったような空海が、当時の最先端の学者である唐の僧侶と互角にやりあえるなんて、
やはり培ってきた素養が違うって事だろうし、ぽちくろさんが言うように何かしら渡来系との関わりが見え隠れしてますね。
Eテレ「古典芸能への招待」。今日は猿若祭、若手の会なのかな?勘九郎さん出てますねぇ…大活躍だなぁ。

前回「俳優祭」って、数年に一度、1日しかやらないイベントを紹介していたんですが…オリジナル演目で何でもてんこ盛りで、とても面白かったんですよ〜。
その中で、勘九郎さんが踊った歌舞伎バージョン「恋ダンス」が、キレキレだわちゃんとしっかり歌舞伎風だわ、カッコイイやらおかしいやらで、吹き出さずにはいられませんでしたよ…。
今日の「知恵泉」今川義元後編ですよ〜。歴女の皆様チェケラー(*´∇`*)!
今川義元後編、義元の辣腕ぶり切れ者ぶりが分かりますね〜、かなりの部分太原雪斎と寿桂尼の仕込みなんでしょうけども、良いと判断し決断し実行する力があるのだから、相当なものです。当時としては画期的、しかし惜しむらくは室町幕府の常識や規範や権威に頼りすぎなんですよねー。それが敗因かな。クソタァケの信長にはつうじんかったのね。
奪われた土地の奪還のみでおさめて義理や恩を得るところや、家のプライドを保つ形の婚姻を同盟の礎にしたところ、義元はお見事でした。今の世でも十分に通用する手法ですね。

負けるはずのない桶狭間で義元が負けた理由にスタジオの漫画家が言ってた「その土地(の大いなる意識)が義元でなく信長を選んだ」という自説を聞いて、
そうか、土地が選ぶという考えもあるんだと新鮮でした。

成人するまで義元の支配下で暮らした家康が、義元が培ってきた手腕を後の徳川の治世で活かしたというのは、やはり義元は若き日の家康を魅了した優れた領主だったんだろうなぁ。

今まで単なる桶狭間で負けた人だった今川義元の奥行きをいろいろ知れて、人物像が立体的になりました。
やっと尾張と三河と駿河の位置関係を覚えましたわ、お恥ずかしい。
ぽちくろさん、番組を教えてくれてありがとうございましたm(__)m。
あの時代が求めたのが、旧来の価値基準を破壊する事だったのでしょうね。今川義元は改革者ではあったけど、やはり幕府ありきだから。
応仁の乱で幕府は衰退しきってましたから。身分とか格式とか色んな規制が閉塞感にしかなってないんだ、そんなもんは実力で破って、もっと分かりやすい仕組みにするんだって、天才的な革命家・信長を必要としてたのでしょう。で、役目が終わって本能寺。
特に相手方の戦意を削ぐのに義元が輿に乗って戦場に出たところなんて、幕府ありきの象徴でした。
改革者と革命家との対決。いいえて妙です。
その革命家も本能寺で散り。
……諸行無常の響きあり、……盛者必衰の理をあらわす…、(白石加代子の声で)
琵琶の音ベンベンッ♪
ながきねずさーん

「ふしぎ発見」は義経伝承でしたねー!
ご覧になったかなぁと思いつつ…

しかしなんだろう義経へのこだわり…やはり都や鎌倉幕府に対抗したくてもできなかったっていう…でも出し抜いてやったんだから伝説なんだろうか…?
あっ、でもチンギスハンにはならなくても、義経やその家臣たちが南宋や金や南越あたりに行ってても不思議でないとは思いますよ。その方が面白いし、実際交流があって奥州藤原氏が取り仕切っていたんだしね。

だいたいさ、日本が対外的に鎖国してたのは江戸時代だけで、風や海流さえ良ければ“対岸”みたいなもん。施設は派遣しなくても交易は盛んだったんだからさ。「日宋貿易」って、テストに出るわよ。

フィクションながら北方謙三「岳飛伝」あたりになると、奥州藤原氏と交易する場面なんかもあって、じゃあ義経も?と興味をそそられるんですよね。
ぽちくろ大師さま
遅くなりましたが義経伝承はしっかり見てきましたよ。義経関連は何があっても見逃しませんからね、たとえコス通を見る時間を削っても・・・(笑)
義経北行伝説地は東北大震災の2年,3年後の各1回ずつ行った事があるだけに今回はとても感激しました。堂が流されて土台だけ残ったり、参道が崩れたりした所がいくつかありましてね・・・今回の放送がきっかけで復興が早く進むよう願ってやみません。

貿易は当時十三湖湊(青森)で行われ、藤原秀衡の弟、秀栄が実権を握っており義経らの逃亡を手伝ったとしてもなんの不思議はありませんね。平清盛も貿易を広めようと神戸に港を作ろうとしたのですが挫折・・・もし実現したらたぶん歴史が変わったかもですね。

ジンギスカンですが漢字で書くと「成吉思汗」。それは静御前への思いが込められているといわれます。和風に読むと「吉と成りて汗(かん)を思う」となります。つまり吉野山の誓いが成って静(汗=水干=白拍子)を想う・・・だからジンギスカンは源義経という説もあるわけですね。

チョロ1さん
熊野化粧筆は岡山産と思い込んでいました・・・広島でしたか~こちらこそ教えて頂きましてどうもありがとうございました。
十三湊が国際港だったこと、30年くらい前はまだミステリーだか都市伝説扱いでしたね…。都の政権寄りの歴史しか習わないし研究も進まないみたいな風潮、今もありますよね。義経伝説はそれに抗う東北の主張なのかなと思ったりね。

個人的には成吉思汗=義経とまでは思いませんけど、本人か腹心が女真族の中で過ごし、影響を与えた可能性は否定しきれないと思ってます。
それにあれだけの勢力と隆盛を誇った平泉が、そう多くはない幕府軍に襲われた程度で壊滅するとは思えない。幕府側に何らかの手を打っててもおかしくないはず…幕府側も坂東武者だけじゃなく、平泉と行き来のある国の人もいたろうし。現場レベルではうまいことかばったり恭順の姿勢を示して、生き残ってきてるはずで…だから、藤原政権のせめてもの矜持を示すのが義経伝説だったのかなぁと。幕府は否定し義経が出っ歯だったとかディスるくらいしかできない。
美丈夫の義朝と絶世の美女だった常盤の子がブサメンなわけないやん。だったら頼朝はもっと酷かったことになるやんね?
そこが歴史の醍醐味ですね。史実はどうこうというよりロマンに浸りたいタイプですが、義経ほど文化・芸能園が広い歴史人物はいませんしね。
また義経は牛若丸と別人とか平泉からのスパイとか、頼朝が実母のライバルの子だからとか身分違いとか、いろんな要素も入り乱れて、それで歴史が動くって面白いなと思いますね。
東北地方の安倍氏も然り、そういえば壬申の乱の大友皇子の弟?確か安倍皇子?はっきりとわかりませんが乱後東北へ落ち延びたと聞いた事があります。安倍貞任、宗任たちと繋がってる?あくまでもうちの妄想ですが・・・
ごころっこさーん!
目に付くかもしれないからこっちにも書きますよー!9時からの日曜美術館、阿修羅像だよ〜〜!
もし見逃しても、通常は翌週夜8時から再放送してます!チェックしてみてね!
ぽちくろさーん ありがとう♥
私、ぽちくろさんの愛に満たされて幸せです。
泣いて良いですか?(ToT)

ささっ、御礼としてこの余りある脂肪に熨斗を付けて、どうぞお納め下さい。
ご遠慮なさらずに(´▽`)ノ

ブラタモリ観ましたか?
解説のお二方の「名古屋感」に気恥ずかしかったです。
「早口じゃないですか?」うんうん、メディア慣れしていない初々しさ。
「なごや」の発音 なごや↗ なごや↘
私、珍しく席も立たずに見入ってしまいました。(最近ほとんどこんな見方できない)
来週が楽しみだ~
熱田さん&七里の渡し 普段よく見る景色がカメラを通して見たらどんなかな?
変わらんか?
脂肪はもう十分(過ぎ)に蓄えがあるから、謹んでご遠慮申し上げます( ̄∀ ̄)

ブラタモまだ見てないんです。録画はしたんだけどね。日曜美術館も録画はしてあります。見るのが楽しみです。
午前中はパン焼いたり食材の下ごしらえをしたりしてました…週末まとめ放送の「信義」見ながら、ドップリ浸ってニヤニヤしながら( ̄∀ ̄)うふふ。
歴女倶楽部&コッ地会 合同部室
ポチクロさま♪

ブラタモリに関して、ニュースが上がっていました。
「ブラタモリ」 日本地質学会から表彰…「地質学の普及に貢献しているのは明らか」とのことです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170616-00000124-dal-ent

フォッサマグナパーク『糸魚川-静岡構造線』の断層露頭、のそばの『枕状溶岩』をGWに見てきましたが。
ジオパークも含めてあの一帯は面白いので、そのうち番組でやってくれないかな~、と思っています。
歴女倶楽部&コッ地会 合同部室
アピタの近くで道路工事する(中央分離帯を作る?)に当たり、発掘調査が行われております(*^^*)
何やら溝?穴?が見えました。
貴重な土器でも出てくりゃ保存されちゃうのかな??でも道路の ド真ん中なんだよな~(((^_^;)そもそも掘り返す前も道路だったし??
何が出るかな~♪
歴女倶楽部&コッ地会 合同部室
ぽちくろサマ♪

ギャ~!!
ぽちくろ師匠サマのお名前を、カタカナ表記してしまった・・・。
申し訳ありません(´;ω;`)

お詫びに。
『枕状溶岩』の実物写真を置いていきます・・・。
カタカナでもひらがなでも「黒」でも構わんのに〜〜( ̄∀ ̄)

私も深みにはまるキッカケはブラタモでしたからね。でも思い返してみれば、小学校のころ鉱物標本の流紋岩だの玄武岩だのを眺めてた子だったから…化石も好きだったしね〜、地形好きから目を覚ましたけど、宇宙も面白いからなぁ〜。
久々のコッ地ネタ。Nスペの「ジオジャパン」。地学好きからするとちょっと演出過剰で、2週も使うのどうなのと思わなくもない…もっと地学をがっつり掘り下げてよ〜〜。

歴女倶楽部としては、今度の「英雄たちの選択」。なんと応仁の乱ですよ〜〜。分かりにくいあのグチャグチャ。どう解説するのか…楽しみです。
ぽちくろサマ♪

同じ番組見ていました。
丹沢の『枕状溶岩』が出てきた時には、こんなところにも~、
と思ってしまいました(笑)
軽登山? ハイキング?? で何度となく丹沢には行っていますが。
場所によってはあんなものがあるだなんて、知りませんでした・・・。

マニア向けというよりは、お茶の間向け番組でしたね(^^♪
珍しいとか稀なとか言いすぎだと思うな〜。正確に言えば「現在確認されている例は少ない」のであって、未調査の海底とか山中とか砂漠地帯とかどっかに隠れてないとも限らない。
恐竜絶滅に追い込んだ小惑星の衝突跡だって、確認できたのはほんの3〜40年とか前。プレートテクトニクスが定説になったのだってそんなに古い話じゃないし、今でも宗教によっては認めてない。

「ココまでは分かりました」だけじゃサイエンス番組になっちゃうっことかもだけど、あんな日本てすごい的な過剰演出までしなくてもな〜〜。かえって引くわ。内容は悪くないが薄い…( ̄^ ̄)
ぽちくろ大師さま
うちも見ました~日本は元々二本に分かれていたなんてまさにギャグダジャレ・・・そして太平洋プレートの動きでくっついて富士山や伊豆諸島などできたとかで全く想像外で楽しめました。しかしこれから日本はどこへ向かっていくでしょうね?

シヴァさん
そういえばこないだ積丹半島の柱状節理も出ていましたね。積丹ブルーとのコントラストはすごかったですが夏しか見られないのは残念です。
先日読んでた(まだ読みかけ)の本にも会った話だったんですが、図解がイマイチで分かりにくかったんで、なるほどなとは思いました。
ぽちくろサマ♪

NHKとは思えない、あのノリに付いていけませんでした・・・。
CG駆使してくれるのはいいんですけどね~。
と云いつつ、(忘れなければ)来週も見ますが。


ながきねずサマ♪

インドがぶつかって、ヒマラヤ山脈ができた、とどこかで知りましたが。
富士山、伊豆諸島も、(プレートですが)そんな成り立ちだったんですね。

積丹半島の『柱状節理』、言われなかったら、海底に沈んだ遺跡。
と思ってしまったかもです(笑)
止まらなくなるかと返信しませんでしたが。
積丹ブルーの写真UPのその後、ちゃんと気が付いていますよ~。
喜んで頂けて良かったです(^^♪

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