歴女倶楽部&コッ地会 合同部室

メンバー少ないし( ̄∀ ̄)
合同でいいや←私が面倒なだけ
なんだかんだ、どっちにも妄想竹が繁茂してるし(爆)

まだ読んでないけど買って来ちゃった
「応仁の乱」。
ちょうど興味が高まって来たとこで出たから気になってたのです。室町カオスあっての戦国期、やはり遡らねば〜ってのが歴女の習性…。

11日に地方局制作の防災番組で、名古屋の都市部にある未確認の活断層についての調査が進んで来たと紹介されてました。以前は地形からの推測でしたが…都市部だからこそ、ビルや様々な工事の時の地盤調査のデータがあり、かき集めて地図に落とし込んでいくと、確かに地層のズレがある可能性の高いラインが出てきたとの話。やっぱりか〜〜!
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話題の新書「応仁の乱」、時代の背景が詳細に分かって、習わないままでモヤモヤしていたのが氷解したとこもあるんです。人気だってことは、みんなモヤモヤしてたんだなと( ̄▽ ̄)

この本に一休は出て来ませんでしたが、応仁の乱のそもそもの発端に少し関係があるんです。一休の父とされる後小松天皇は北朝ですが、将軍義満によって南朝との一体化が図られ、次の天皇は南朝系で…となるはずが、義満が急死。次の将軍がそんな話は聞いてないとばかりに南朝系を排除してしまい、それが乱の原因の一つになっていくんです。
一休の♪母上様〜は、南朝とのつながりを疑われ宮中を出されてから一休を産んだので、皇位継承権はそもそも望み薄のはみ出し者、しかし生きていれば誰かがかつぎ出さないとも限らないから、寺にやられたわけで…そりゃ権力を嫌うわけですね。
どうして一休さんは母上さまに自由に会えないのか、当時は不思議だったんです。母上さまは病気なのかな、小坊主さんになったら修行で会えないのかなと。
北朝南朝の対立が天皇の継承や後宮にも影響していたんですね。

親王宣下されなかった一休さんは当時としては長命だったけど、後小松天皇の他の親王たちは短命だったみたいだから、結局、後小松天皇から傍系へ系統が移ったのは皮肉な巡り合わせです。

おかげでオトナの一休さんを複眼的に見られそう。
一休さんと応仁の乱の回が今から楽しみです。

余談ですが、昨日車窓から通りすがりに菊水紋が書かれてた村祭りの幟を見て、菊水紋は南朝ゆかりだったかなと思っていたので、一休さんのお話から北朝南朝に繋がってシンクロしました(笑)。
こんにちは!
週末は地域行事に忙殺されがちで、ゆっくり書き込みがなかなか出来ず申し訳ありません(;´д`)

中学生高校生の頃は、残念ながら古典に興味は持てなかったですね。よくよく当時を思い出してみましたが、私はやっぱり受験のためだけの勉強をしていました。日本史は成績良かったです、当時は記憶力良かったので。
ただ出来事を頭に入れるだけの付き合い方ではありましたが、今歳を取って、あの頃に覚えた出来事の断片が役に立つ事もあるのだと実感しています。
だから、詰め込み式の勉強も無駄とは言いきれないのかな、とも思います。

興味を持つ子は、多分何も働きかけなくても、自然に深く掘り下げて行くのでしょうね♡

親が好きな事は自然と子どもにも影響があると思います。ぽちくろ御大は、きっとお子様達にも良い刺激を与えておられるのでは、と想像しています♪
菊水紋といえば楠木正成ですねぇ。後醍醐天皇があっちこっちに菊紋を下賜したらしいですが…。

出家したら名目上、余程のことがなければ肉親には会えないですね。特別扱いになっちゃうし。
それに、例え讒言でも南朝との繋がりを疑われた女性となれば、事実上軟禁状態だったでしょうしね。
詰め込んでも断片的に残っていれば、どっかで繋がってくる事はありますよね。

日本史世界史、そこそこいけましたが暗記がネックでした…年号がね(T_T)
古文は文法が面倒でしたけど…教科書の訳文がつまんないこと!原文をダイレクトに理解したかったです。
でも古文の先生、オッさんでしたけど「せば〜まし(〜だったら〜しないのに)」の説明で、自分はこのフレーズが大好きだと「夢と知りせば覚めざらましを(夢と知っていたなら目を覚ましはしなかったのに)」を、ウットリと話していたのがキモくも印象的でした( ̄∀ ̄)

大愚息には「歴女なのは分かるけど母ちゃんは脱線しすぎ」と呆れられてます。ただ「漢文は大体あの話かと分かる」だそうです…
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比叡山なう
焼き討ちしちゃダメよ♡
「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ
夢と知りせば覚めざらましを」
絶世の美女、小野小町の切ない恋歌なのに、脳内によみがえるのはおっさんの陶酔顔なんよ…。どうしてくれるのよ(T_T)

妄想後惰眠にイケメン総出演
夢と知りせば覚めざらましを
…小町とはえらい違いだ。
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日本有数のパワースポットで、国宝殿では歴女の皆様がヨダレを流す比叡山で、池の中のお地蔵様の周りに浮かぶアヒル隊長達。
マジっか?と、二度見しました。
お地蔵様、レースのフリルつき( ̄∀ ̄)
コケてるアヒル隊長たち( ̄∀ ̄)
池の中にはきっと小銭( ̄∀ ̄)
平和でよきかな〜〜。
愛しひと想ふ気持ちに違(たが)いなし
………って事で( *´艸`)

脳内記憶は強烈であればあるほど、塗り替えるのは難しいですね( ̄▽ ̄;)オッサン…
昨夜、Eテレで国宝を見るというような番組が宇治の平等院だったので、

頭の中の連想が、宇治→源氏物語の宇治十帖→浮舟→横川の僧都→比叡山と繋がりました~。

一度行ってみたいな、比叡山。
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国宝根本中堂が修理中で、バリケードに全体が囲われていて、堂内に日がささず、中がスポットライトアップされていて、お香の煙で霞んでいて、まるで夜のお堂に迷い込んでいるようなのが素晴らしく荘厳な雰囲気でした。

撮影禁止だったので、代わりに木漏れ日で...
コストコ通の皆様にもパワースポットの御利益が有りますように(゚゚)(。。)ペコッ
お写真からも清浄で透明な光と空気感がこぼれてきます。
はぁ~、ありがたいなぁ。
(。-人-。)ナムナム。
幼くして母と離れるというシチュエーションが子どもながらに胸が痛く思ったものです。
一休さんのお墓は宮内庁管理なんですね。
という事は、皇統にはないが一休さんは天皇のご落胤という証明かな。

学生時代に結納屋さんの息子さんがバイト先にいて紋に詳しく、雑談でとある和田さんちの家は菊水紋でこれは南朝の云々…と言っていたのを覚えていました。
それでうちのは? と紋を見せて聞いたら、こんなの家紋台帳に無いって言われたんでした(笑)。
ウチの家紋は超ありふれたヤツです…ダンナの家紋も平々凡々。

比叡山はずいぶん昔に一度だけ「通過」しました。乗り鉄アンコに付き合って、坂本から昇って降りて、三条まで。
あんまり時間がなくて、根本中堂だけ少し寄ったかな?
次は私の歴史&仏像探訪に付き合わせてやると思いながら実現しないまま、20数年経つなぁ。
京都国立博物館の国宝展、行って来ました。
金曜夜間開館なので、それほどひどい混雑ではなく、ゆっくり堪能できました。
それでも一時間半近くかかったので、行かれる方は時間に余裕を持ってお越しください。

京都まで来られない方。
e国宝というサイトで、高解像度の国宝写真を自由に見られます。
質感は到底本物にかないませんが、細部まで拡大して見られるので、それなりに楽しめます。
最近は洛中洛外図を拡大して見るのにはまってます。
きゃあ、今夜の歴史秘話ヒストリア聖徳太子の回を見逃したです(泣)。
再放送は22日です。
私もチラ見しかできず(T_T)
録画もし忘れてました。
再放送待ち!22日?チェックせねば!
ぜひぜひ。
再放送は、22日午前0時05分からです。
「聖徳太子の棺 伝説のその先へ」。
今日の日曜美術館は「運慶」!
仏女の皆さま、要チェックでございますよ〜〜!
ア!見逃した…と思って番組検索したら、来週再放送(〃▽〃)ホッ
ついでに、その週のは「国宝を楽しむ」ですって。10/22 AM9:00で~す♪
わあああ!聖徳太子の回をやっぱり忘れていたああ〜!台風がいけないのよお!

日曜美術館はかろうじて見れたんですけどね…それ以降はもう眩暈がし出して新聞も読むどころではなく…(T_T)

「国宝展」。行きたい観たい気持ちはすごくあるんですが、中継とかの後ろの混み具合を見ると行く勇気が無くなります…。
正倉院展行ってきました。
人混みに疲れて、正直、あまりゆっくり見られませんでしたが、気持ちのいい秋晴れで外を歩くのは楽しかったです。
今回はペルシアっぽい宝物が目立ったような印象。
あと、個人的には、下手なヒョウ柄みたいな、たいまいに似せた装飾に興味をひかれました。
貴重な材料の代わりになんちゃってを作ってみた、職人の心意気と当時の人の反応を想像してしまいます。
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コッち会様御中
サヌカイトでごさいます。
ぶら下げて、スプーンで叩くとイイ音がします(゚゚)(。。)ペコッ中
石器や石琴にする石ですね♡
wikiとか見てきたら、香川と大阪と奈良の一部でしか採れないとか…プレートの沈み込みによってできるマグマからできる石とか…
この3県あたりって、中央構造線が通っていてしかも地下に大量の花崗岩(マグマ)があるんじゃなかったっけ?それも関係するのかな?
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その通り!近つ飛鳥や大津皇子の奈良は二上山と、讃岐の香川の五色台を結ぶエリアで採れる石です。
ぽちくろさん推察のマグマからのガラス質でカンカンと高音や鋭さで石器に使われます。

最近、インスタ映えすると人気のスレート(ニトリや300均で購入)もイギリスとかで瓦屋根に使われてる粘板岩なんですよね~♪
墓石以外にも色んな所で身近な鉱物♪

H&D「サヌカイト、オーナーがガキの頃に『四国の形をした珍しい讃岐石』って引っ掛かって買ったんだゾォ~♪」
本日の「英雄たちの選択」、
「観応の擾乱」…なんてマイナー。
だけど室町幕府の各勢力の関係性が表面化する大事件には違いない…。
「かんのうのじょうらん」と読みます。
足利尊氏と弟の直義の、全国規模の兄弟げんかです…
ハッ!

あまりに毎日色々ありすぎて、すっかりご無沙汰しております。
皆様に忘れられていないかしらん~

野球見たり(ホークスLOVE)、テレビ見たり、正倉院展の新聞記事読んだり、リクエストしていた本が図書館から一気に3冊来てしまって読むのが大変だったり、借りてきた映画見たり、とまぁ言い訳たくさんってところです。

平家物語ですが、読んでいる途中で貸出延長するのを度忘れしちゃいました。中巻を1度返却して再度リクエストせねばならなくなり、1週間ほどロスしたせいで、ようやく入道死去あたり^^;

そして、歌の訳が無いと不満だったところが、中巻では簡単な訳が記載されていました。きっと訳者も後から気づいたんでしょうね~(笑)
おかげさまで、更に読みやすくなっています!

それではまた!
バビューン!←去る音
録画しといた「観応の擾乱」、日曜美術館の「正倉院展」見ました。

「観応の擾乱」面白かったです!やはりアレがのちの戦乱の端緒になっているのだなぁ!「正しさ」と「わかりやすさ」では「わかりやすさ」に人は流れる…って、まるで今みたいじゃん。直義は有能だったし、長期的には正しい方向に行っていて、実現したのは義満だそうで…しかしそれも完遂出来なかったことが応仁の乱のキッカケになるんだから、歴史は本当に皮肉だね〜〜。

「正倉院展」いつも本当に不思議な、どうやって作ったのかと気が遠くなるような技の集合体。いつか会ったような、聖武天皇も知らんBBAに見せるのは、本当にもったいない。見に行けないのが本当に残念。
新書「観応の擾乱」買う気になってる私…室町時代、面白すぎ!なんでまともに教えられなかったのかな?
もちろん近年になって文献が出たとか、研究が発表されたとかもあるんでしょうけど、今考えてもすごく通り一遍だったような。しかも文化的なことが中心。どうしてそこから応仁の乱になって、しかも戦国時代に大転換するのか、どうも納得いかなかった。

戦前戦中にかけて南朝の名誉回復みたいなことがなされて、楠木正成とか忠臣とされ、足利尊氏とかは天皇を吉野に追いやった不忠者、逆臣扱いされた時期があったようなので、戦後はその辺に詳しく触れるのを避けたのかも?
今夜のブラタモリ、岐阜でしたね。
今朝、気が付いたのに録画忘れた。
もう始まってるし(>.<)
クリス・グレンさんご出演~全国区~
歴史秘話ヒストリアが応仁の乱だった~。
応仁の乱の本、売れているそう。

もういかに日本史を知らないか、番組を見て思い知る。
名前は知っててもなにをしたか知らなかった~。
番組は、応仁の乱を畠山義就の視点からひもとく構成でわかりやすかったです。
畠山氏の家督争いに、いろんな連中を巻き込んだ結果、応仁の乱に至るわけで…
ヒストリア見れなかったな〜(T_T)

室町時代はことさらうす〜くしか習わなかったような。南北朝と、義満の北山文化と義政の東山文化、応仁の乱と、日野富子くらいじゃないすかね。確かに戦国時代のが激動期だけど、なんでそこまで下克上がまかり通るようになったのか分かんなかったですもん。全部信長のせいみたいになってる( ̄∀ ̄)。

考えてみると、なぜ鎌倉幕府が倒されるほど御家人の勢力が増したのかとか、北条氏のやりすぎだけじゃないはずなんだけど、やっぱりちゃんと習ってないような。全部足利氏、源氏の棟梁のせいみたいになってる( ̄∀ ̄)。

理由がわかれば次の理解が進むのに。
ぽちくろ さん

まさにおっしゃる通りです。
家人に応仁の乱についてたずねたら、ひとのよはむなしい応仁の乱だって。←それだけ。
室町時代も、義満の金閣寺、義政の銀閣寺、義政の嫁は猛妻の日野富子さん。ぐらいだそうですよ、私も全く同じです。
ここで畠山義就、細川勝元、山名宗全、大内政弘が出てくるとは。
名前を聞いた事があってもどの年代の人だったのかわかってなかった、お恥ずかしい。


歴史秘話ヒストリア応仁の乱の再放送は、12月10日(日)午前0:05~です。
細川と山名は応仁の乱の二大巨頭ですが、細川勝元、意外に早く亡くなるんですよね…。
大内氏は中国地方の大大名ですねぇ。塚原卜伝の後援者でもあったらしいし、将軍の側近みたいな立場だったかな。
私もそんなあたりまでしか…。

畿内の混乱がなかなかおさまらず、長く領主たちが都に滞在している間に、領国では有力な家臣たちや豪族が力をたくわえて…下克上の下地が出来ていったそうです。
まだ全く目を通してないけど「観応の擾乱」買ってきちゃった〜〜。

直義の理想を義満が実行したけど完成しないまま亡くなったことから、南朝勢力とその周辺がきな臭く…畠山の所領は畿内に多いから、あちこち絡んでいないわけもなく…で、応仁の乱。
それに関東公方とその一派の勢力が、戦国時代の幕を開けることにもなるのだから、観応の擾乱から戦国は繋がっていくはず…。
ヒストリアで勝元が早くに亡くなるのを見て、
お、お、オヌシが畠山の家督争いに口を出し手を出したから畠山義就が恨みに思い山名宗全に靡いたじゃね?
なのにそんなに早くに争いの舞台を降りるなんて、と思いましたよ。
まぁ、山名宗全にも同じ事がいえますが。
ヒストリア再放送を録画で観ました。
分かりやすいような、かなり物足らないような…寺社勢力と南朝の残党については何にも言及がなかったですけど、畠山の所領はまさに南朝勢力がうごめく地域そのもの…河内といえば楠木氏だし。関係が全くないワケない。匿われていたのも南朝系の勢力地域だし。
応仁の乱はあっちこっちの思惑がいろいろ絡んでるから、分かりにくいと言えば確かにそこがネックなんですけどね〜。

畠山義就の母は身分が低いってのがありましたが、彼女は結構あちこちで子供を産んでいるようで…しかもそこそこ知られた家ばかり。VIP用の遊女的な人だったのかも?室町幕府は家柄重視の体制だから、義就は本来は出世は難しい立場だったでしょうが、世継ぎ扱いになるってことは、弟に問題が生じたワケね。死んだか、病気か、母親の係累がトラブったか…??

かえって疑問が増えちゃったから、もう一度「応仁の乱」読まなきゃ。
物足らんといえば、先日の「地球事変」も、もう少し掘り下げて欲しかったな。
アニメ解説小芝居で分かりやすくなってはいるけど…なんか事変の壮大さに比べて表現が薄いというか軽いというか、個人的には少々違和感が…。
CG映像再現は手間と時間と金がかかるから?と思いたくなりました。

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