((。・ω・)ゞ了解。
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ファンの集い
★『清越坊の女たち〜当家主母〜』全35話
さっき観終わりました。あまり期待せずに観始めたのに、予想外にハマってしまって、最後の6話くらいは朝から一気に観ました。
具体的なことはあまり書くとネタバレと怒られますが、今のこの想いは今まとめないと萎びてしまうので一気にまとめちゃいますね。
蘇州一の織物工房「清越坊」を営む任家を舞台にした女の半生記、みたいな感じです。『月に咲く花の如く』と似てるところもありますが、身分の低く奔放な周莹が名家で周りを引っ掻き回しつつ立派な女主人となっていくのに対し、有能で生真面目な沈翠喜が旧態依然とした男社会の中で理不尽な目に遭いながらも毅然として女性の生きる道を開拓していきます。ここは非常に朝ドラ的な展開です。
しかし「妾」である女②曽宝琴は罪人の娘であるため「行院」に送られた身。その後にも行院やら官妓やら出てきて、朝ドラ的な空気では無くなります。
https://www.cinemart.co.jp/article/news/20230117006777.html
↑行院などの用語解説がありますが、ネタバレも含むので閲覧のタイミングは自己責任でどうぞ。
曽宝琴はまだ「楽戸」だったから任雪堂が身請け出来たのでしょう。これが「官妓」となると国の所有物(人ではなく物)になるので身請け不可、生涯をいわば公営風俗店で送ることになるようです。
女主人として大店を仕切ってきた沈翠喜が、宝琴とのバトルや良弓との出会い、役人たちの横暴など色々を経て、ひとりの女性として自立する道を選びます。翠喜と共に、またはその背中を見て、他の清越坊内外の女たちも自立へと向かいます。
邦題には原題である「当家主母」が付帯しています。これは女主人という意味ですが、「清越坊の女主人」だけの意味ではなく、登場するそれぞれの女性がそれぞれの属する家庭で自分の立場を確立する、夫や父に従属するだけではなくなる、という翠喜の願いを表しているのだな、と最終回で理解しました。
男児を産めと姑に強制されて立て続けに妊娠して母体を傷めたり、息子を取り上げられ妓楼に売られたり、博打の借金返済のために兄に身売りされたり、障害のある夫を自分の機織りで養ってるのに殴られたりする女たちを助けられなかった後悔、助けるための奔走、そんな状況にならずに済むような教育。
ずっと清越坊で育ち清越坊のために生きてきた翠喜が自立してもまた他人のために苦心するのは、良弓の母のような悲劇を無くしたい、それが良弓の供養にもなると思ったのかも知れません。ここ激しくネタバレかも知れません。
若干「女性の権利向上」を謳い過ぎてわざとらしく感じる(お上の評価狙い)気もするけど、翠喜の信念を持って突き進む姿はとても凛々しかったし、宝琴と一度は殴り合ってズタボロになって夕陽の河原で肩くんで笑いあって以降は姉妹同然の絆で共に任家の危機を乗り越えていくのも清々しかった。猫毒殺疑惑で変なケチがついて本国での評価は低かったけど、ここ最近の于正作品の中ではかなり上位に来る良作だと思いました。ちなみに猫毒殺シーンは騒動後に猫映像を削除された版でした。
ぴゅうこさんの従妹に似てる子も名演でしたよ。
書硯にはガッカリだ!ほんまガッカリだ!!
男性陣で良かったのは如風と陳番頭くらいかな。
