備忘録として。
王昌齢のこの詩はベリー嬢のおっしゃる通り、最後の句が有名なのですね。今回興味を持ったので調べてみました。
この詩のバックボーン。作者王昌齢は自身の素行の悪さから、江蘇へ左遷されています。そこへ旧友の辛斬が洛陽より彼を訪ねてきて、ともに楽しいひと時を過ごします。
いざ、別れの時。王昌齢は江蘇の東にある長江を見下ろす芙蓉楼まで、冷たい雨の降りしきる夜のうちにやってきました。そして翌朝に辛斬を見送ります。
別れ際に、もし都の友にわたしの消息を聞かれたなら「一片氷心在玉壺」であると伝えてくれ、と辛斬に託しました。
(どんな境遇にあっても)玉壺に在るひとかけらの氷のように、わたしの心は澄んでいる(だから心配は無用だ)。超訳すれば「雛にありても心は錦」的な意味あいでしょうか。
王昌齢はその後、安史の乱の中、命を落としたそうです。つまり玄宗と楊貴妃と同時代に生きた人。
