前はもっと鮮明に鮮烈に記憶していたのに、年月と寄る年波のBIG WAVEには勝てませんぬ。あの頃のキモチも記憶も小さな断片となり果てました。でもこの喫茶店はあまりにもそのままでタイムスリップしたわ、一瞬で。
書いたコメントが時空を彷徨ってるよ。再記。
植田正治氏は鳥の偉人のひとりだば、お恥ずかしながら砂丘の写真と福山氏との交流くらいしか知らないの。写真は好きなアートなのにね。買うものが似てるね。寝床ビルにいた頃にマン・レイの写真集とアンリ・カルティエ・ブレッソンの図録を大事にしていた、ブレッソンはかろうじて手元に埃をかぶってあるけど、マン・レイはいずこかへ失せたまま。
あの頃はまだ鉄分は今より少なくて、江ノ電に乗ったくらいだったわ。当地で紅茶を飲んだかは定かではない'`,、('∀`) '`,、。
ファンの集い
紅茶の小部屋5
寝床にしていた拠点は7階立ててでね、居室は6階まで、7階は踊り場と屋上へのドアしかなくて、もちろんドアは鍵が締まっていた。その踊り場はガラス張りでまるで水槽みたいで、魚の気分でひとりになれる場所でした。ガラス窓から見えた明星食品の看板が懐かしいです。
そうそう、富士山。
なんか視線?ど~んとした気配があるな、と思ったら富士山の頭が見えとるの、あれは西では感じない感覚だわ。
駅から寝床ビルへ至る道の角に角の看板だったかな、を意味する外国語(忘れた)の名前の小さな落ち着く喫茶店があってね。そこでたまにチーズケーキと珈琲のセットを食べました。
↑今はもう無いだろうと思ったら、今も健在~(;´༎ຶД༎ຶ`)感激ぃ。
https://www.kuma110.com/entry/2020/11/13/harajyuku_cafe_kado
あれ、紅茶トピなのに珈琲に着地。
